ラッパー人物名鑑 『ダースレイダー』

ダースレイダー(Darthreider)は日本のHIPHOPミュージシャンで主にMC、ラッパー、トラックメイカーとしても活躍されています。
1977年4月11日フランスのパリ生まれで、父親は朝日新聞ヨーロッパ総局長や立正大学教授、コメンテーターを勤めた和田俊さんです。ジャンルは全く異なりますが広義で「誰かに何かを伝える」という意味では共通していますね。小学校時代はイギリスのロンドンで過ごし、武蔵中学校・高等学校を卒業後、お茶の水の駿台予備校で浪人生活を経て
東京大学教養学部文科Ⅱ類に進学します。親子2代で東大卒のインテリ家系ですね。

プロフィール

名前:ダースレイダー

生年月日:1977年4月11日

本名:和田 礼(わだ れい)

出身地:フランス・パリ

人物

ダースレイダーの左目は失明が原因

2010年6月、脳梗塞に倒れ合併症のため左眼を失明してしまいますが復帰を果たしています。左の目のトレードマークとも言える眼帯は失明によるものです。
右目の失明の可能性や医師から余命宣告を受けたりと決して万全の状態でありません。
余命宣告については「5yeres」(THE BASSON名義)という曲がそのままズバリなのですが「明日交通事故に遭うやつよりは俺にはまだ時間があるからな」と一瞬、一秒を大切に
していることがリリックからも読みとれますね。

ダースレイダーの名前の由来

ダースレイダーの名前ですが「レイ」と「ダ」は本名(和田礼)からとったことが伺えますね。
また別名Rei Wordup(レイワード アップ)これにも「レイ」と「ダ」が共通して入っていますね。
他にはFUNK入道という名義はトラックメーカーとして活動しており、活動内容により
名前を使い分けているようです。

ダースレイダーがラップをはじめたきっかけ

 浪人したときに、お茶の水の駿台予備校に通ったんだけど、3号館に医学部志望の多浪生「金ちゃん」っていう予備校の主みたいな人がいて(笑)、昼休みは毎日のように屋上にラジカセを持ってきてラップしてたんだよね。それに周りのとがった同級生はみんなラップを聴いててさ。…引用元…「東大中退ラッパーを直撃!」東大新聞オンライン

2017年の東大新聞ではラップとの出会いや、HIPHOPへの想いを語っています。
浪人時代、友人の影響を受けたのがきっかけで徐々にいちリスナーからラップする側へと変わっていき、1997年3月初ライブを行います。この頃のベクトルは大学<ラップに完全になっていたようで大学の思い出はあまりないそうです。当時存命だった父親もあまり干渉しなかったのでしょうか。「お金がなかった」と語っていることから金銭的な援助はしないけれど好きなことをして生きていきなさい。という姿勢が見えるような気がします。

また、ラップをはじめるきっかけになったラップグループ「ブッダブランド」へのリスペクトが感じられるのが自らを、「片目のダースの叔父貴」と称することがあり、これは「ブッダブランド」のCQの別名「赤目のダルマの叔父貴」のオマージュでしょう。

「一瞬一秒をFUNKしろ!ROCKしろ!爆破しろ!」

2004年のDa.Me.Recordsという、錚々たるメンバーのレーベルの立ち上げそのコメント力からメディア出演も多数で日本のHIPHOPシーンを語る上でダースレイダーは重要人物であると言えます。
オフィシャルブログのタイトルでもあり、リリックの中にも時折でてくるこのパンチラインはダースレイダーの生き様と言っても過言ではないと思います。

ダースレイダーの動画まとめ




評判

コメント

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